切手の思想家たち2022

世界の切手のうち、思想家・科学者・芸術家を中心に人物切手について自由に書きます。題名は故・杉原四郎先生の『切手の思想家』(未来社)をリスペクトしてつけました。

ジョージ・ソロスとブタペスト、習近平体制への批判

今日は、投資家、慈善家、そして「開かれた社会」を志向する自由主義者としても著名なジョージ・ソロス氏(1930年生まれ)の誕生日です。活動の拠点はアメリカですが、ソロス氏はもともとはブタペストに住むハンガリー人でした。ナチスによるハンガリー占拠の時代には、ユダヤ人であることを偽装する一方で、ナチスユダヤ人弾圧に利用されるという苦い経験を持っていました(注)。1947年に父親の支援をうけてイギリスのLSE(ロンドン・スクール・エコノミックス)へ。

 

今回、あげた切手は、ソロス氏が生活していた1945年のブタペストとその後の1970年の様子を対比したハンガリーの切手です。

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ソロス氏にとってはナチスに支配されていた時代はもちろんのこと、切手で描かれているソ連の衛星国時代のハンガリーもまた不自由を感じていたのだと思います。LSEでは、生涯の師となるカール・ポパーの『開かれた社会とその敵』を読み、大きな影響をうけたのも、このブタペスト時代の不自由に原因があったのかもしれません。

 

ソロス氏は、LSEでの苦学生生活から、そしてイギリスでの仕事の伸び悩みから、やがてアメリカのウォール街で天職を得ることになります。ソロス氏といえば、「イングランド銀行に勝った男」として著名です。これはイギリスが当時加盟していた欧州通貨制度(準固定為替制度)をめぐる投機ゲームの結末です。ソロス氏は、イギリス政府/イングランド銀行は、固定レートを維持することができないとみて積極的にポンドを売り浴びせます。その結果、イギリス/イングランド銀行はEMSを離脱して、ソロス氏は巨万の富を得ることができました。富以上に、ソロス氏の名前が国際的に注目を集めた効果も大きかったと思います。ちなみにこの固定為替レートを離脱したことで、イギリスは金融政策の自律性を得ることができ、経済運営がむしろ安定化して、長い「英国病」の時代から決別しました。その意味では、ソロス氏はイギリス経済を「救済」したのかもしれません。

 

ソロス氏の著作の多くは、投資の話よりも、社会をどのように「開かれた」ものにするかに傾注しています。またポパーの影響をうけた認識論(再帰性)も展開し、それを経済の変動モデルにまで適用しています。

 

ソロスの思想的な側面よりも、やはり教育機関への支援など慈善事業家としての側面や、最近では中国政府への率直な批判が、個人的には評価したいですね。

 

「欧州では市民も政財界の幹部も、中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席の脅威を十分に認識していない。習氏は最先端の技術で監視と統制を強め、中国社会を掌握しようとしている独裁者だ。だが、欧州は中国を重要なビジネスパートナーとみなしている。習氏が中国共産党総書記、国家主席に就いて以来、欧州連合EU)の理念と正反対の姿勢で体制を築いてきたことを理解していない。」

欧州は中国の脅威を直視せよ ジョージ・ソロス

https://www.nikkei.com/article/DGXKZO56076600W0A220C2TCT000/

 

ブタペスト時代から現在まで、ソロス氏の自由を希求する姿勢は健在なままです。

 

注:ブタペスト時代やまたソロス氏の思想については、橋本努氏の以下の論説が詳細である。

橋本努「ジョージ・ソロス―投資と慈善が世界を開く」