切手の思想家たち2022

世界の切手のうち、思想家・科学者・芸術家を中心に人物切手について自由に書きます。題名は故・杉原四郎先生の『切手の思想家』(未来社)をリスペクトしてつけました。

マリのクーデター、『マリ近現代史』、マリの切手(2)

西アフリカのマリでの軍事クーデターによる大統領失脚(現在は健康を理由に出国)、その後の軍部と反政府連合との暫定政府案をめぐる政治的な攻防が繰り広げられてて、政治的安定には遠いようです。

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マリ反政府連合、軍支持の暫定政権計画を拒否 写真2枚 国際ニュース:AFPBB News

マリについてはこのエントリーに少し書きましたが

マリのクーデター、『マリ近現代史』、マリの切手 - 切手の思想家たち2020

今日はこの続きで、内藤陽介さんの『マリ近現代史』に掲載されている切手を中心に紹介。

まずこちらから。

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右端の切手は、1960年に発行されたマリの特徴的なモスクであるサンコーレ・モスクが描かれている。このモスクは砂漠都市トンブクトゥにある。以下の記事にあるように反政府系組織の支配下地域にあり、また砂漠化による浸食によってユネスコから危機遺産世界遺産の中で存続が危ぶまれているもの)に指定されている。

 

アフリカの歴史都市トンブクトゥ 世界遺産に迫る危機|ナショジオ|NIKKEI STYLE

手前には、ラクダに乗ったトゥアレグ人が描かれている。この切手のデザインと彫版はフランスの名匠ピエール・ギャンドンの手になる。

 

真ん中の切手も同じく1960年に出されたもので、やはりトンブクトゥの建築群をギャンドンが手掛けたものである。いずれも内藤さんの『マリ近現代史』の第一章に出てくる。

 

左端の切手(1960年)には独立当初のバマコの遠景と、バマコの意味“ワニの湿地”を表す市票がデザインされている。この作品もギャンドンだと思うが調査中。ギャンドンが手掛けたマリの切手は20種類あるという(参照)。内藤さんの本の第二章にこの都市をめぐるエピソードがあるので、アフリカに対するフランスの植民地政策の功罪の理解を深める意味でも一読されたい。

 

また『マリ近現代史』に収録されたマリの切手が手に入った段階で、マリの最新情勢とともにエントリーしてみたい。

 

マリ近現代史

マリ近現代史

  • 作者:内藤 陽介
  • 発売日: 2013/05/01
  • メディア: 単行本
 

 

 

マルク・ルゲとラオス王国の切手

マルク・ルゲはかってラオス王国時代に発行された切手の下絵を描いた画家として有名です。切手のデザインや彫版をつとめたジャン・フェルパンとの共作は、今も長く切手愛好家たちに愛されていて、僕も切手収集を再開してまもなく、加藤郁美氏の『増補新版 切手帖とピンセット』(国書刊行会)を読んでその存在を知りました。それほど熱心な収集対象にはまだなってないのですが、この二年程で目についた範囲で購入してきました。以下は、1957年の民族音楽切手を。

 

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この六枚の切手をみるだけでも、その抒情性と細部の技巧に、まさに切手芸術の粋を見出すことは、誰しも難しくないはずです。切手のモデルは、加藤氏の本によれば、ルゲの息子のダニエルがモデルで、彼が伝統音楽の楽器を演奏する姿が描かれています。もともとルゲは、フランスからの旅人でしたが、ラオスの魅力に取りつかれ、帰国せずに生涯をラオスで送りました。

 

次の六枚は、古代インドの叙事詩ラーマーヤナの舞踏劇からのもの(1955年)。特に上の三枚の仮面切手の躍動感とエキセントリックな雰囲気は秀逸です。

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 ラオス王国の人々(1964年)。右端のうつむいた少女の風情が憂いを秘めているかのようです。なおその隣の三人の女性の肖像切手は、ルゲのものではないようです(署名がない)。

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万仏節のお祭りを表現した航空切手(1962年)。

 

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ラオス赤十字三周年記念の航空切手。

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ラオス王国が倒れ、1975年にラオス人民民主共和国が成立してから、ルゲはラオスの農村で生活を送ります。彼の切手への関与はラオス王国の間だけのものでした。ラオス自体の切手も、製作面で関与していたフランスとの関係が絶たれる中で次第に味気ないものになりました。ただ個人的にはレーニン切手を収集しているのでその意味での興味はあります。ルゲの名前が記された切手は55種類。そのほぼすべてが切手芸術の精華といえます。またルゲの切手が手に入った段階でこのエントリーに加えていくつもりです。

 

(付記)

ルゲの代表作であり、内藤陽介さんが『切手が伝える仏像』で紹介したように仏像切手の名品をゲットしたので付記。

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19世紀の写真家ナダールの文化的広がり

ナダール(1820-1910)は、19世紀を代表する写真家として知られています。今年は彼の生誕200年を祝った記念切手が、フランスから出ました。ナダールの試みのひとつである自転ポートレート。これは同じ位置にカメラをすえ、自身が回転盤の上に立ち同じ姿勢を撮ったものだと思います。しかしこのフランス切手も切手大国の矜持を示す意欲的な「作品」ですね。切手の本来の利用が想定できない(笑)。

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 切手にはナダールの署名がありますが、あとよく見ると切手でそもそも利用できるのは真ん中の四枚だけですね。それとシートの右下方にはイラストがあり、シート地の表記も読むと、パラパラマンガのようにできると説明されてます。ただこの(数千円して紙質も薄い)切手をそのために分離して、本当にパラパラマンガにする人は少数だと思います(笑。

 

ところでナダールは今回、この切手を調べる過程で、あらためて19世紀後半のフランス文化を考える上で決定的に重要な人物だな、と思いました。単なる肖像写真を確立しただけではなく、その活動は、まさに19世紀後半のフランス文化の核心と野心的な広がりをもったものだと思いました。風刺画という形での「マンガ」の洗練された領域の確立、また気球を利用した空中撮影などは冒険的で先駆的な試みでもあります。

 

それと多くの文化人たちをつなぐ役割を果たすなど、その活動の全貌はまだ十分に日本では理解されてないのではないでしょうか。もちろん僕も例外ではなく、平時では頻繁に利用する早稲田大学図書館が新型コロナ危機で限定利用なので、なかなか資料を活用できないのが残念ですが、例えば藤原書店が3年ほど前に出した以下の評伝などはぜひトライしてみたいと思います。

 

時代を「写した」男 ナダール 〔1820-1910〕

時代を「写した」男 ナダール 〔1820-1910〕

 

 

 

 

 

竹久夢二

9月16日は、大正浪漫を代表する画家で詩人の竹久夢二1884年 - 1934年)の生誕日です。というわけで今日の一枚はこの切手を。

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1980年に発行された近代美術シリーズ第10集、竹久夢二の代表作「黒船屋」をデザインしたものです。パソコンの画面でいま見ているのですが、この近代美術シリーズの切手たちはとても美しく、日本の代表的な「切手美術」の結晶ともいえる作品群だな、と思います。

 

人物切手に比重を置いて収集していますので、四年ほど前に出た『著名人の切手と手紙』はとても便利なものです。もちろん竹久夢二についても収録されています。彼の恋多き人生の一断面が描かれていますね。

 

そして東京にある竹久夢二美術館ではまさにその夢二の恋をテーマにした展覧会をしています。

http://www.yayoi-yumeji-museum.jp/yumeji/exhibition/now.html

 

展示されている『恋愛秘語』には以下のするどい詩が掲載されています(竹久夢二美術館のツイートで知りました)。

 

いさかひをする時だけが 『私達』 人はみなひとりびとりだ キスする時も。

 

この詩を読むと、貨幣や社会の「信頼のネットワーク」を重視しながら、他方で人はそれぞれ結局は孤独であることをも重視した、大正時代の経済学者の左右田喜一郎を思い出します。

 

竹久夢二の作品や本人の肖像など、日本はいくつもの切手を発行してますので、また上記の美術展に行ったときにでもご紹介するつもりです。

 

恋多き竹久夢二のまじめな(?)人生は以下のサイトが簡潔にまとめています。

https://yumeji-art-museum.com/record/

 

 

 

アレキサンダー・フンボルト

9月14日は、自然科学者で地理学者でもあったフリードリヒ・ハインリヒ・アレクサンダー・フォン・フンボルト(1769年 - 1859年)の生誕日でした。フンボルトは兄のヴィルヘルム・フォン・フンボルトと並んで、19世紀の教育・研究に多大な貢献を成し遂げました。兄フンボルトは「フンボルト理念」という商業教育の指針で、日本の経済思想史研究でも知られています。

ということで今日は、弟フンボルトの記念切手を4種類。

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左から旧西ドイツから発行された没後100年の記念切手。隣の黄土色の切手はメキシコから同様の趣旨で発行されたもの。また右の二枚やはり没後100年記念で旧東ドイツから発行されたものである。フンボルトは当時まだ欧州では未知に近い大陸だった南米大陸を精力的に観察し、現地の人々の文化やまた地理との関係を考察した。また緯度測定儀と六分儀で詳細に書き換え、地球の磁力を測定し、それが極から遠ざかると低減することも発見した。「海流」という着想も得た。彼の書いた旅行記博物学的著作は膨大で、多くの同時代人に影響を与えた。旧東ドイツの二種類の切手は、フンボルトの肖像と彼が旅した南北アメリカ大陸の風景が描かれている。

 

哲学者のアラン・ド・ボトンは『旅する哲学』の中でフンボルトについて以下のように記している。

「一生のあいだにどれだけのことを成し遂げられるかーーこれだけのことを成し遂げられる人はめったに、いやまったくいない」。

 

フンボルトの壮大な観察と分析は以下のボンプランとの共著『アンデスと隣接地域の自然学図版』の詳細な図と解説をみるだけでも明らかだろう。しかもこのような貢献は彼のごく一部分の功績にしかすぎない。フンボルトは地球全体というものを自分自身で究めようとしたのだろう。

 

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World Topics

郵趣サービス社のWorld Topicsの頒布会に入会した。アメリカとエジプトとこのWorld Topicsの三つでだいたい毎月の最新の切手を手に入れていくつもりである。国別では、北朝鮮モザンビークを集めているが、前者は頒布会はあるが政府の制裁対象国なので停止中w、後者は21世紀に入ってからのものはほとんど集めてない(といいながら結構な量はもっているがw)。

 

World Topicsは世界で起きた主要な出来事を切手に関連させて、毎月解説つきのリーフとして配布してくれる。時事問題に強い関心のある人向きで、まあ、僕向きのサービスとなる。最初の月なのでどんなものがくるのか楽しみにしていたが、一年ぐらい前の出来事を三枚のリーフ(すなわち三種類の切手)で解説したものが送られてきた。

 

さすがにリアルタイムの事件は無理なんだろう。切手の手配とかもあるだろうし。そんなに高くないし、毎月三枚で一年で36枚のリーフだとかなりの情報量を切手を通じて得ることができるので楽しみ。倍ぐらいでもいいけど(笑。

 

解説は内藤陽介さんを期待していたのだが、文体からみて違うかな(笑。郵便制度150年の頒布会では内藤さんの解説が楽しめるのだが、かなり悩んだけど、日本切手は戦後はだいたい持っているのでその意味でやめた。ちょっと今でも後悔はしているw。

 

リーフそのものの紹介はちょっと遠慮して、以下はそのうちの切手だけ一枚を紹介。オーストリアが2019年に発行した日本とオーストリア友好150年記念のもの。日本に1869年に通商友好条約を結びにきたフリードリヒ大公号と条約の署名部分。

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震災切手:東京印刷と大阪印刷

1923年9月1日の関東大震災によって通信省の切手倉庫は全焼、印刷局も壊滅的な打撃をうけた。このため各地の郵便切手の在庫払底の危機が招来し、それに緊急に対応するために暫定的な切手発行が企図された。それがいわゆる「震災切手」である。

 

 震災の影響がなかった大阪の民間会社(現在の凸版印刷)で製造されたものを「大阪印刷」、そしてその後、追加制作した東京の民間会社(現:大日本印刷)のものを「東京印刷」として、それぞれ収集家は区別をし、最近では最低でもこの両者を分けることが定番となってきたという。さらに震災切手は細かい区別がなされていて、日本の切手の中ではかなり詳しく研究されている。

 

今回は、『郵趣』(日本郵趣協会)の読者プレゼントで、この震災切手に関するものがあり、なんと当選した。魚木五夫先生の連載記事(魚木式郵趣2020年8月号)で、関東大震災の時に発行された「震災切手」の東京印刷と大阪印刷を見分ける参考リーフである。最初の画像は、普通の震災切手のリーフ(以前から持ってたもの)、二枚目の画像が当選したもので、大阪印刷と東京印刷が区別されている。

 

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魚木先生によれば、穴を埋めるのはそれなりに難しいというが諦めずに収集してみたい。

 

震災切手 (「日専」を読み解くシリーズ)

震災切手 (「日専」を読み解くシリーズ)

  • 作者:魚木 五夫
  • 発売日: 2009/09/01
  • メディア: 単行本