切手の思想家たち2022

世界の切手のうち、思想家・科学者・芸術家を中心に人物切手について自由に書きます。題名は故・杉原四郎先生の『切手の思想家』(未来社)をリスペクトしてつけました。

ジェイムズ・ボールドウィンと『私はあなたの二グロではない』

 今日は、作家であり、また公民権運動家としても知られたジェイムズ・ボールドウィン(1924-1987)の誕生日でした。というわけで彼を記念して発行された米国の記念切手(2004年発行)を。

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ボールドウィンといえば、最近ではラウル・ペック監督の『私はあなたの二グロではない』(2016)での活動の再現と評価が印象に残っています。僕が1980年代に大学生だったときは、ボールドウィンの作品はかろうじて名前だけは知っている程度で、あまり読まれてなかったと思います。その意味で、このラウル・ペック監督の作品は、ボールドウィン公民権運動へのかかわりをドキュメンタリーとして描いていて、今日的な意義を与えることに成功していると思います。

 

 映画『私はあなたの二グロではない』は、ジェイムズ・ボールドウィンの随筆集No Name in the Street(1972)をもとにしています。映画は公民権運動が盛り上がっていた1950年代後半から60年代にかけて、その運動のリーダーであったマルコムXキング牧師らとボールドウィンの関わり、当時のボールドウィンの発言や記録映像などを交え、しかも現代の映像(黒人たちの抵抗運動、暴動など)を絶え間なく対照させて、映画のメッセージ「歴史は過去ではなく、現代である」というものを見事に映像化しています。

 

 歴史を現代の問題として、しかも人種、民族、国家の在り方として考え、それに排他主義的問題圏をクロスしていく手法は、やがて見るものにアメリカの問題だけではなく、われわれそれぞれの国が直面する問題だと気が付かせる、そういう作品でした。ただ現状のBLM運動などは、反知性的な銅像破壊や暴力行為も目立ち、その運動の積極的な評価の面と暴力的な側面への批判が交差する状況にいまはなっていると思います。それだけアメリカだけでなく、世界の分断も深刻化している状況ですね。

 

 映画では、ボールドウィンの小説作品はまったく直接には参照されず、彼はひたすらテレビや記録された映像の中で語り、ときには活動しています。そこに彼の書いた随筆の朗読が入るという構成です。

 

ペック監督の近作『マルクス・エンゲルス』の中で、カール・マルクスたちが語っていた「哲学者たちは世界を解釈しただけだ。問題は、世界を変革することだ」のモチーフを、今度はボールドウィンによって示しているかのようです。もちろん映画はひとつの解釈であり、そのままでは実践ではない。ただし歴史を遡行し、それを現代に映す(再生する)行為そのものが実践なのかもしれません。

 

ボールドウィンの小説にいきなり入るよりも個人的にはこの映画から入った方が、彼の生きた時代と今日との接続がよりわかるのではないか、と思いました。

私はあなたのニグロではない(字幕版)

私はあなたのニグロではない(字幕版)

  • 発売日: 2018/11/03
  • メディア: Prime Video