切手の思想家たち2022

世界の切手のうち、思想家・科学者・芸術家を中心に人物切手について自由に書きます。題名は故・杉原四郎先生の『切手の思想家』(未来社)をリスペクトしてつけました。

クラーク博士「青年よ、志を大にせよ」と石橋湛山

石橋湛山(1884-1973:ジャーナリスト、元総理大臣)がクラーク博士(ウィリアム・スミス・クラーク:1826-1886)から強い影響を受けたいたのはよく知られています。今日は、そのクラーク博士の誕生日でした。とうわけでこの切手を。これは日本のふるさと切手(北海道)で、2001年に出されたものです。二枚組で、左には北海道のポプラ並木が、右には札幌市郊外の羊ヶ丘展望台とクラーク像が描かれています。

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クラーク博士は、明治初期、いわゆる「お雇い外国人」として来日し、札幌農学校(現:北海道大学)で、自然科学全般を教え、当時の若者たちに大きな影響を与えました。その影響は学問だけでなく、キリスト教の日本への布教にもわたるものでした。そのときの教え子に、大島正健(1859-1938)がいて、山梨県立尋常中学校校長(後の甲府第一高等学校)の校長だったときに、石橋湛山と出会います。

 

石橋湛山は、大島を「一生を支配する影響を受けた」と評しています。増田弘氏の『石橋湛山』(中公新書)によれば、大島の教育は、アメリカ的な民主主義・個人主義に基づくクラーク博士から薫陶を得たそのものであったと指摘しています。

 

日本の当時の教育方針(いまでも基本そうですが)は、「べからず」一辺倒であり、そのような方針と大島の教えは真逆なもので個性と自由を尊重するものだったのです。特に大島そしてクラークの個人主義を、石橋は利己主義ではなく、「一切の行為の規準を自覚に求める」という点に求めました。個人の判断力の尊重です。

 

クラークの有名な「ボーイズ、ビー、アンビシャス」(石橋の訳「青年よ、志を大にせよ」)は、個々の人間の尊厳を尊重し、社会への貢献を語った言葉として、大島や石橋たちに共有され、その精神はなんらかしらの形で現在も受け継がれていると思います。

 

石橋湛山―リベラリストの真髄 (中公新書)

石橋湛山―リベラリストの真髄 (中公新書)

  • 作者:増田 弘
  • 発売日: 1995/05/01
  • メディア: 新書